日銀は99年2月にゼロ金利を導入。一方、米国の経常赤字拡大などで円相場は7月の1ドル=120円台から9月には103円台に急伸していた。景気腰折れを懸念した宮沢喜一蔵相は16日に速水総裁と会談し、円高対応での協調を求めて暗に追加緩和を要請。市場は緩和を織り込んでいた。会合でも谷垣禎一・大蔵政務次官は「オフレコ的に申し上げる」と前置きした上で「最近の動向は理屈を越えた感がある。あえてアタックして、いろいろな施策を取らないといけない」と緩和の決断を促した。
しかし政策委員の多くは「風圧に屈したことになり、独立性や主体性を問われかねない」(後藤康夫審議委員)などと反発。議長の速水総裁はゼロ金利政策を「究極の金融緩和」と位置付け、「中央銀行として責任の持てる緩和措置はこれ以上は考え難い」と総括。賛成多数で追加緩和の見送りを決めた。
政府の風圧をかわし独立性アピールに成功した日銀だったが、量的緩和を予想していた市場では、落胆から円高が進む場面もあった。結局、日銀は翌10月に資金供給手段の多様化など金融緩和策の徹底を迫られた。
日銀は昨年12月にも、円高や政府の緩和圧力を背景に追加緩和に踏み切ったが、一段の緩和余地は限られ、政府の成長戦略も力強さに欠ける。市場からは「企業の海外シフトで99年以上に景気の本格回復やデフレ脱却は難しい状況だが、政府・日銀は決め手を見いだせないままだ」(クレディ・スイス証券の白川浩道氏)と厳しい目線も向けられている。【清水憲司】